昨日の追記:小泉靖国訴訟大阪高裁判決の上告可能性について

前述,トラックバック先のうち,1つだけ,gori氏の指摘を真摯に受け止めているブログがあったので…

しかし「世に倦む日々」さんが「上告できる根拠」としている民事訴訟法第312条では「上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる」ということなので、認められる認められないに関わらず、上記根拠をもって「上告する」というアクション自体はできるのでは。 上記の岩手の件でも、認められてはいないが、勝訴した被告の岩手県側が「上告」というアクションは起こしている。 「世に倦む日々」さんは、それを言っているのではないかと感じます。

昨日も書いたが,アクションはできる.できはするが,それは不適法なアクションである.殺人との差異は,同じ不適法なアクションでも,法による罰を受けない点のみ.*1
少なくても岩手靖国訴訟で特別抗告が却下されるまでは,「憲法判断に限り,理由文に対する上告(控訴)も許容すべき」との理論は成立した.根拠条文として民訴法312条(旧民訴法394条*2)を挙げることもできたろう.しかし明確な判例がなかった時代の,つまり理論は成立しえた時代の,岩手靖国訴訟ですら上告は仙台高裁によって(不適法を理由に)「却下」され,その「却下」は適法であると最高裁が判決した.
したがって,現在可能なのは,政治論・法政策論として主張することくらいである —つまり「許容するように法改正すべき」とか「最高裁は独自の権限でそれを許容するように方針を変更すべき」との主張.
仮に今回アクションしたとしても,大阪高裁は「不適法」として「却下」〔民事訴訟法316条〕するだろう.寝ぼけた大阪高裁が上告状を見逃したとしても,「上告理由は,すべて上告人が勝訴した被上告人の請求につき、原審がなした判決理由中の判断を攻撃するにとどまり、判決の既判力は、その事件で訴訟物とされた損害賠償請求権の有無を確定するにとどまり、判決の理由となつた判断をも確定するものではないから、所論は結局上告の前提たる利益を欠くものと云わなければならない。(昭和29年オ第431号、昭和31年4月3日第三小法廷判決参照*3)」という判決が出るだろう*4
いずれにしろ,靖国(公的)参拝の合憲性どころか,公私の判断すら主張する機会は与えられない.もはや,何のためのアクションだか全く分からない…
※「却下」と「棄却」の違いは,端的に言うと「却下」は門前払い.岩手靖国の例で,適法な上告であれ最高裁が上告理由(主張)について審理し,認めれば「認容」,認めなければ「棄却」する*5.前述のように,岩手靖国では仙台高裁が「却下」(門前払い)している.最高裁が「棄却」したのは,その「却下」を不満として訴えた別の訴訟.

コトは政府を相手に、傍論であっても「違憲である」というという判決文であったわけで、いくら勝訴しているとはいえ被告の政府としては由々しき事態のはず。 とても「上訴の利益がない」とは思えないのです。

ないのです.それが(現在の)法律・司法制度です.
一見明白に憲法違反の存在である自衛隊(の存在)の憲法適合性について,単に自衛隊違憲であることを確認する訴えは「訴えの利益」がないとして不適法とされます.(例えば「自衛隊の存在によって,平和的生存権を侵害されるので<損害賠償>を求める」という形式を採れば,損害賠償という「訴えの利益」があるので,一応適法とはなります.結果は「棄却」が明白ですが…).
訴訟の要件として「訴えの利益」を挙げることは,このように政府にとって,政府の憲法解釈にとって,有利な側面も持ちます.にも関わらず,自らが違憲とされた場合にのみ,「訴えの利益(上訴の利益)」を無視した上告を許容すべしとお考えになれますか?
それでも尚,「上訴の利益がない」とは思えないのであれば,「自衛隊違憲であることの確認(損害賠償は求めない)」についても「『訴えの利益がない』とは思えない」と感じられるでしょう.だとすれば「それが現在の日本国の裁判制度である」以上に説明のしようはないかもしれません.

弁護士の方のブログで「Irregular Expression」さんと同じ論理で「上訴の利益がないので上告できないのじゃよ」とおっしゃってるエントリもあり。 肩書きがプロなのでこの点やや分が悪いなあ。 どうなんでしょ? 他のプロの方の意見を聞きたいなあ。

プロの方ではないので申し訳ありませんが,プロでなくても明白なことです.どっかの本屋で「憲法」か「民事訴訟法」の本を立ち読みすれば,数分で納得できるのでしょう.
ちなみに,プロの方で,(例えば岩手靖国訴訟について,本大阪高裁判決についても)「上告できる」と言っている方は一人もいないと思います.「上告できるようにすべき」とか「今こそ憲法裁判所が必要だ」と言っている方はいるかもしれませんが…
(これも一応,トラックバックしておく)


尚,一連の小泉氏の靖国参拝に関する訴訟について,ウェブ上で閲覧できる判決文は私のブックマークにまとめてある.(小泉氏と関係のないものもあるが,政教分離に関する全ての—ウェブ上で閲覧できる全ての—判例・裁判例を網羅しているわけではない)
若干,追記.
昨日*6も挙げた山口氏(弁護士)が,同じ法条(民訴318条1項),同じ判例最判昭31年4月3日 民集第10巻4号297頁(昭和29年オ第431号))を挙げて反論 —というよりも優しく諭すように解説— されている.
【続々】小泉首相の靖国参拝はやっぱり違憲でしょう」とのタイトルに偽りはなく,靖国公式参拝違憲と考える方で,公平性に於て私に勝るのみならず,(専門家の方なので当然だが)私よりも正確で,分かりやすく,かつ権威もある.
山口氏が先に書いていれば,「民訴の基礎の基礎の基礎の基礎」や「傍論無効論批判」と同様に割愛してすませたが,もう書き終えてしまっていたので,記事自体は維持.
トラックバックはすべきかどうか悩んだが,一応しておく.)

*1:尤も,過去,事実無根な訴訟 —敢えて公平を期すとしても,証拠による立証を事実上放棄した訴訟— で裁判所から判決内で手厳しく起こられた例もある.これは,裁判所が自分たちに対する無礼として起こったわけではなく,原告の被告に対する行為が違法行為になり得るとして警告を発したものであり,本件のように違法行為の対象が(被告でなく)裁判所・法体系である場合は同列には語れない.但し,その主体が行政府であれば,それはそれとして,怒られるかもしれない.

*2:岩手靖国訴訟当時は旧・民事訴訟法で,平成10(1998)年元旦から現(新)・民事訴訟法が施行されている.上告に関する規定には差異があるが,憲法解釈の誤りを理由とする上告が認められる点はどちらも同じ.

*3:括弧書き内で過去の判決を参照したのは便宜の為に敢えて追加したわけではなく,判決文で過去の判例を参照する場合の通常の表記に倣った —真似た.

*4:尚,岩手靖国訴訟で上告却下の不服を訴えた抗告訴訟の却下決定は見ていないが,同様の論旨を取ったと思われる.

*5:「認容」の場合,原審の判決を一部/全部破棄し,自ら判決を下すか(「自判」),「この辺の法律解釈が間違ってるから,もっかい考え直せ」と「差戻し」する.

*6:日記表示上は昨日だが,追記しているのは26日なので実際には3日前.山口市の記事は25日付け.