共産党・総選挙にあたっての訴えと7つの重点公約(抄)〔日本共産党, 2005-08-11〕

【2】日本を「戦争する国」にしないために—憲法をまもりぬきます

8月はじめに発表された自民党改憲案は、9条にねらいを定め、「自衛軍」を書き込むとともに、その任務に「国際社会の平和」を明記しました。民主党も、国連決議があれば海外での武力行使は可能だとして、その立場を改憲案に盛り込むとしています。公明党も「加憲」の名で改憲の流れに公然と合流しました。
いま改憲派が共通してもとめているのは、憲法9条、なかでも「戦力不保持」と「交戦権否認」を規定した9条2項を改変し、「自衛軍の保持」を明記することです。この方向で憲法が改定されれば、自衛隊の現状を憲法で「追認」するだけにとどまらない重大なものとなります。
自民党政府は、憲法9条に違反して自衛隊をつくり増強してきました。しかし、「戦力不保持」と「交戦権否認」という規定が「歯止め」になって、「海外での武力行使はできない」という建前までは崩せませんでした。9条2項を改変し、「自衛軍」を明記することは、この「歯止め」をとり払い、日本を「海外で戦争をする国」に変質させることになります。それは「戦争放棄」を規定した9条1項をふくめた9条全体を放棄することです。憲法9条をなげすてることは、アジアと世界にたいする不戦の誓い、国際公約を破り捨てることであり、日本の国際的信頼のはかりしれない失墜となるでしょう。
憲法を改悪し、日本を「戦争をする国」にしようとする動きの根本に、アメリカの先制攻撃の戦争に日本を参加させようという「日米同盟」の危険な変質があります。アメリカに追随して、無法なイラク戦争を支持し、自衛隊の派兵で加担した小泉内閣の“アメリカいいなり”は世界でもきわだっています。日米安保条約の枠組みさえこえた、地球規模の「日米同盟」への侵略的な大変質がすすめられています。世界的な米軍再編の動きのなかで、米軍と自衛隊の一体化が推進され、基地の共同使用の拡大がはかられています。沖縄をはじめ日本全土の基地は、地球規模の出撃・補給拠点としていっそう強化されようとしています。自衛隊の本来任務に「国際活動」を位置づけ、「海外派兵隊」への本格的な変質をはかる自衛隊法改悪のたくらみも、アメリカの戦争には世界のどこであれ無条件に協力する仕組みをつくろうとするものです。
憲法をまもりぬきます。憲法改悪に反対するすべての人々と力をあわせます。
教育基本法改悪は、教育の目的を「海外で戦争をする国」のための人づくりに変質させることとむすびついたものです。この動きに正面から反対をつらぬきます。
自衛隊イラクからのすみやかな撤兵を強く要求します。あらゆる海外派兵に反対します。
—「米軍再編」の名による基地強化・永久化に反対します。基地のない日本をめざして、国民とともにたたかいます。
日米安保の侵略的変質に反対します。「日米安保条約をなくし独立・平和の日本を」という声が国民多数の意見になるよう力をつくします。

雑感

  • 改悪:言葉が嫌い。「改正」に特定の価値観がかいま見えて嫌なら「改訂」にすればいい。
  • 自衛軍」を明記することは:「自衛軍」の明記そのものは現・自衛隊の名称変更に過ぎず,海外での武力行使はできないという歯止めを取り払うことにはそのまま繋がりません。
  • 「戦力不保持」と「交戦権否認」を規定した9条2項を改変:「改悪」としなかったことを評価!釈迦に説法だとは思うのですが,自民1次案では,現行・9条1項が1項,2項に分けられ,現行2項は3項に移動,現行2項「前項の目的」が「1項の理念」とされているので*1,仮に戦力不保持・交戦権否認が(新3項に)盛り込まれたところでさして変わらない。
  • (海外で)戦争をする国:何かをできるということと,それをすることは別問題。是非は別として,客観的に見れば「戦争をできる国」にする憲法改正案だと思う*2。そして個人的には第1次湾岸戦争や,例えば先の大戦時にオーストラリア・中東諸国の立場にあった場合,日本の「侵略戦争」に対抗するため,アメリカ,東・東南アジア諸国に協力して日本と戦争することを想定すれば,「戦争をできる」ということを頭からは否定できないと考える*3。ある懸念(例えば日本が侵略戦争をすること)を払拭するために,別の懸念(例えば日本が侵略を受けること)を脇に追いやるのは決して賢いことではない。全ての懸念を払拭する道を探すのが賢者・政治家の役割ではないのだろうか。
  • 教育基本法改悪は、教育の目的を「海外で戦争をする国」のための人づくりに変質させることとむすびついたものです:少なくてもマニフェストでは教育基本法改正案の内容に一切触れず,一方的に断定しているだけなので判断不可能。
  • 基地のない日本をめざして:文脈の流れからいうと「米軍基地のない日本」となるはずですが,「一切の基地のない日本」とも読み取れる微妙な文面。
  • 日米安保条約をなくし独立・平和の日本を」という声が国民多数の意見になるよう:現状,多数でないことを自覚してるあたりに好感もしくは哀愁を感じる。

*1:端的にいえば「前項の目的」について政府解釈の立場を明文化したのみで

*2:国際的に協調して行われる活動に主体的かつ積極的に寄与するよう努めるを「積極的に戦争をする」と解することも可能だが,自衛軍の規定(9条の2とは別に置かれており,また自衛軍の行動規範については9条の2で別に定められているので,軍隊・武力の有無にかかわらない一般的な規定と解するのが相当と考える

*3:例えばクウェートや,先の大戦時の中国が「戦争をしない国」だとすれば,イラククウェート併合,日本の韓国併合,または「満州国建国」に対して,(集団的)自衛権を発動し,クウェート・韓国の独立や満州地域の領土回復の為に抗イ・抗日戦争=自衛戦争を行えず,座して死を待つしかないのではないだろうか(現状・歴史のようにアメリカが「戦争をする国」なら結果的に助かるかもしれないが,共産党の「戦争をしない国」という理念が地域・時代に関わらず不変のものだとすれば,アメリカも「戦争をしない国」と仮定すべきで,「やったもん勝ち」の結果になる)。